スタッフコラム

「近世城郭の天守閣について」

数ヶ月前、今は無き高松城天守閣の写真が英国で発見され、県歴史博物館でも当別展が開かれていたようです。城は古くから築城されていましたが天守閣が初めて建てられたのは織田信長の安土城です。
安土城だけは、一般的な呼称「天守」ではなく「天主」と呼ばれ、天下布武を掲げた信長の意気込みが強く感じられます。数ある大名の中でも天守で寝食をしていたのは信長だけで、安土城天主は生活の場という他ではみられない特殊な機能を持つ例外的なものでした。
以降、天守は大名の権威を象徴するものとして競い合うようにして建てられ、また、その機能は戦で攻撃された際の最後の拠り所として本丸の奥深くに建てられました。江戸も中期に入り政情が安定すると戦のための天守は必要性が無くなり、天守を持たない城も現れるようになりました。将軍家の居城、江戸城自体、当初は史上最大級の天守を誇る巨城でしたが、明暦の大火で焼失して以後は、財政難と重要性の低さを理由に再建されることはありませんでした。あの黄門様の居城、水戸城も初めから天守を持たない城として築城されました。
城跡を訪ね、大名の描いた壮大な夢に思いを馳せるのも楽しいのではないでしょうか。



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