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人間は誰もできそこないだ。しかし、そのできそこないを愛せなければ政治家はつとまらない。そこに政治の原点があるんだ。by田中角栄

先日、宮脇書店で「田中角栄100の言葉」という本を買いました。タイトルに「田中角栄」の名前があれば、思わず、手が伸びてしまいます。田中角栄関連の本は軽く10冊以上は買っていると思います。その時代、文藝春秋の「田中角栄研究」も読みました。私と同世代、また、私より年配の皆様は、田中角栄元総理を良くご存知かと思いますが、今の30代、40代の方は、あまり知らないでしょう。1985年、創政会の発足で、脳梗塞で倒れ、政治活動不能になりました。もう30年前のことです。そして、表舞台に出ないまま1983年没。それでも、毎年のように「田中角栄」に関する新刊本が発売されるのは何故でしょうか?当然、国民の大多数は、TV、新聞等でしか田中角栄元総理を知りません。私もそうです。本当は怖い人だったかもしれませんが、あの語り口調、ダミ声、愛嬌のある仕草が我々の脳裏に焼きついています。
尋常小学校卒で総理大臣(54歳)にまで登りつめ、そして、金権問題で退陣。当時の子分、渡邉恒三議員が「オヤジの場合はカネで手に入れた権力じゃない。心で手に入れたものだ」と語りました。確かにカネは配った、しかし、カネだけで人の心は動きません。TV等で金権問題を批判して、同じ新潟3区から立候補した作家の野坂昭如氏、田中角栄元総理は「あれのオヤジは新潟の副知事だったが息子は雪国の怖さを知らない極楽トンボ。風邪をひくから靴下、長靴、手袋を差し入れてやれ」と言って敵陣に塩を送りました。(田中角栄22万票でトップ当選、野坂昭如2.8万票で落選)野坂昭如氏が選挙後、電話をしました。「ありがとうございました。もう選挙にはでません」
よく田中角栄は小沢一郎と比較されますが、小沢一郎はそういう芸当はできなかったでしょう。今でも思い出すのは、小沢幹事長時代、次期総理を決めるのに、年下の小沢一郎幹事長が首相候補の宮沢喜一、渡邉美智雄、三塚博を個人事務所に呼び出し面談する姿は、若輩者の私にも奇異に映りました。恐らく、苦労人の田中角栄は絶対にそういうことはしなかったでしょう。そこが、お父さんが弁護士、政治家で、本人は慶応の経済、慶応ボーイの弱点だったのかもしれません。
冒頭のタイトル、その言葉を経営者に置き換えると「人間は誰もできそこないだ。しかし、そのできそこないを愛せなければ経営者はつとまらない。そこに経営の原点があるんだ」
なかなか田中角栄元総理のように懐は深くなりません。



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