「リーダーはろうそくになれ by元はとバス社長 宮端清次」

宮端清次元はとバス社長は、1935年大阪市生まれ、中央大学大学院法学研究科修了後、東京都庁に入庁、交通局長を経て、98年はとバス代表取締役社長に就任。役員出身らしからぬ意識改革と組織の改革を行ない、倒産の危機にあった同社を再建しました。
宮端氏がはとバス(はとバスの筆頭株主は東京都)の社長に就任した98年、はとバスは、4年連続赤字、グループ売上120億円で借入金が70億円で倒産寸前の危機的状況でした。まず、断行したことは、社長3割、役員2割、社員1割という全社員の賃金カット。これにより、年間人件費55億円の約10%、5億5千万円の経費削減ができました。不採算事業の見直し、社員の昇給停止では、効果が出るのに時間がかかりすぎます。
宮端氏はいいます。「1年でできないものは、4年経ってもできない」
結果、はとバスは初年度、黒字化を達成できました。しかし、はとバス社員の心の中は、役人OBが天下りで社長に就任して、賃金カット。「バカヤロー」です。面白いはずがありません。
宮端氏は言います。「組織を変えるには、トップが変わらなければいけない」
まず、社長室の廃止。次に、黒塗りの社長車を止めて、満員電車で通勤、片道1時間40分、往復3時間、当時63歳。更に、土日の朝に浜松町と東京駅のバスターミナルに行き、出発前のバスに乗り込み、お客様に挨拶。1台あたり10数秒、合計130台のバス。所要時間4時間。当初は、バスガイドに「あなた誰ですか?勝手に乗り込まれては困ります」と怒られたそうです。
宮端氏は言います。「血智汗涙」
社員と一緒になって、世のため、人のために、血をたぎらせ、知恵を出して、汗を流し、涙を流さないと、社員の意識も変わらないし、会社も変わりません。
はとバスは、2002年から10年間連続「プロが選ぶ観光バス30選」で1位の座に輝き続けています。












