「創意と熱意の経営革命」~赤字会社再建の軌跡~
先日(8月29日)上記の演題で滋賀ダイハツグループ社主後藤昌幸氏の講演が高松商工会議所の2F大ホールでありました。私は、後藤昌幸氏の名前をその著書で読んだか、何かの本で引用されていたのを見たのか、定かではないのですが、かねてより、ぜひ一度、後藤昌幸氏の話を聞きたいと思っていました。全くのたまたまですが、高松商工会議所の会報誌「インフォメーション」を見ていたら、後藤昌幸氏の上記のセミナーを発見し、早々に申し込みました。
ここで、後藤昌幸氏の略歴をレジュメから引用します。
後藤昌幸氏は、昭和8年大阪府出身。高校卒業後、商社、生保、鉄鋼メーカーを経て(関西大学第二部卒業)昭和37年滋賀ダイハツ販売(株)入社。昭和41年滋賀ダイハツ販売(株)社長就任。昭和57年兵庫ダイハツ販売(株)社長就任。昭和62年滋賀ダイハツ販売(株)帰任、会長就任。平成9年滋賀ダイハツ販売(株)退任、現在グループオーナー(社主)、(株)ゴトウ経営社長として経営指導にあたる。
更に、「誰も再建できなかった赤字会社を1年で黒字会社に再建させたカリスマ経営者。27歳で父が創業の滋賀ダイハツ販売に入社。32歳で社長に就任、6億円もの赤字を見事に4年で再建し、5年目には有配会社にした。その後も37年連続県内トップシェアを維持。その手腕を見込まれ昭和57年、赤字体質で大企業病にかかっていた兵庫ダイハツ販売の社長に就任。翌58年に一躍トップに躍進、5年目には利益5億の会社に大変身させる。62年滋賀ダイハツに戻り会長に就任。現在滋賀ダイハツグループオーナー(社主)」と続きます。
今回の後藤昌幸氏の話を私なりにまとめさせていただきます。後藤昌幸氏は、二代目社長で、先代の父が経営している会社が行き詰まり、27歳で会社に呼び戻されます。決算書を見ると、在庫が異常に計上されているのに気づき、経理部長に「この在庫はどこにあるのですか?」と尋ねたところ、山の中に連れて行かれ、雨ざらしなっている下取車両の山積みをみせられました。そこで、不良資産をすべて処理したら、年商15億円で6億円もの赤字が発生、資金ショートの状態に陥りました。地場で資金調達ができないため、メーカーに資金援助をお願いしたところ、その時の条件が、社長退任、株式譲渡、出向社長の派遣という厳しい条件でした。
こんな会社にはいられないと70名のうち30名が退社。幹部社員のほとんどが退社しても、売上が落ちない不思議な状況になり、会社の業績は急上昇。そして、繰越欠損は、4年で全額償却、5年目には有配会社になったそうです。その時の教訓が、「会社は動く集団にならなければいけない。管理者病になってはいけない。」ということだそうです。
兵庫ダイハツを再建した時も、男性49名、女性15名の管理部門を男性5名、女性15名を残して、すべて営業部門に配置換えをしたそうです。会社は、大きくなっていくとどうしても、知らず知らずのうちに管理部門が肥大化していきます。赤字体質のところは、是非、直間比率の改善を図って下さいと言っていました。
最後に、このセミナーで私がメモったことを箇条書きにします。
・下は上のしていることは分かるが、上は下がしていることは分からない。
・会社をつぶす原因は、公私混同
・会社はつぶれるのは、当たり前(日本中289万6千社中、赤字比率71.1%)
・在庫はクズ、売掛金はカス、受取手形は紙キレ
・中小企業に社長室はいらない
・上司に対してきちんと報告できる人が成功する(報告できるかできないかで出世が決まる)
・経営するということは、逃げ道をふさぐこと、前に進むしかない
・社長は週80時間、幹部は週70時間仕事。etc(耳が痛くなりますが・・・)












