【会長の独り言】安心して下さい!やってますよ!byとにかく元気な生駒より(其の五) ~人生バラ色理論(TM)~
毎月第1日曜日に四国新聞社から発行される健康新聞に厚生労働省発表の2020年の生命表の記述があり香川県民の平均寿命は男性81.16歳、女性87.64歳。一方、自立して健康に生活できる期間を示す健康寿命(介護を受けたり寝たきりになったりして日常生活に支障がない年齢)は、男性72.83歳、女性75.47歳ということです。ドキッ、私の場合、健康寿命はあと8年弱ということになります。当然、私どものお客様でも80歳を超えても、現役バリバリ、第一線で活躍されている経営者の方も沢山いらっしゃいますが、年齢のことが少し気になるお年頃になってきました。しかし、残された人生、有意義に、全力で「人生バラ色理論(TM)」で頑張りたいと思います。
私は、現在、週1回、高速バスに乗って神戸へ消費税法の勉強に行っています。講義は18時30分から21時30分、教室は20歳代、30歳代の若者が中心ですが、時々、中高年の方も見受けられます。皆さん、仕事が終わってからの勉強ですのでなかなか大変です。休憩時間になると机に突っ伏して寝ている方もいらっしゃいます。私も講義中に居眠りをすることもしばしばあります。実は、この講義、今年8月に税理士試験を受験する方のための授業です。「生駒先生、税理士やんか?」と言われそうですが、原則、税理士試験は会計科目2科目と税法科目3科目に合格しなければいけませんが、税法といっても、法人税、所得税、相続税、消費税、事業税、固定資産税等々沢山あります。その中で3科目合格すればいいのです。したがって、専門的に勉強していない税法については、実務の中で知識を身につけていきますが、私は体系的に勉強することは非常に重要なことだと思っています。特に、消費税は昨年からはインボイス制度が始まりましたし、講師の先生のお話では、私と同じように税理士の先生がもう1名、講義を受けているそうです。
さて、今回は、少し長くなりますが、何故、私が税理士になったかを書いてみたいと思います。当然、私の父が会計事務所をしていたわけでもなく、何かの縁があったわけでもありません。ただ、家が八百屋(商売)をしていたというのが大きな要因の一つになったと思います。元々、私の先祖は、瀬戸内海に浮かぶ直島で、やはり商売をしていたそうです。そして、その商売がうまくいかなくなり、何代か前に坂出市林田町米出(こめだし)に移り住んだと聞いています。そして、米出の地で八百屋を始めました。八百屋と言っても、私が物心ついた時は、祖母、父、母、時々、親戚の叔母さん、近所の方にお手伝いをお願いするいわゆる「三ちゃん商店」です。当時は、どの商店主も朝早くから夜遅くまで、一日中仕事をしていたように思います。私の父も土日はもちろん、正月以外は特に休んでいなかったように思います。それが、日常ですので、私も学校が終わると家業を手伝うのが日課でした。父は昭和19年に坂出商業卒業後、国鉄(今のJR)に入社しましたが、祖父からの要請により、家業を継ぐためにわずか2年で国鉄を退職。父の同窓会誌には「当時の給料では靴一足も買えなかった。幸い私には家業があり・・」との記述がありましたので、当時は公務員より八百屋の方が良かったのだと思います。(その後、ご存じのように大手スーパーの登場により町の八百屋は消失していきます。)
そんな時代の流れの中でも、生駒家の願いは「息子に家業を継いでもらいたい」。私も小学生の時はそう思っていたと思いますが、中学生位になったら、自我が芽生え、また、色気づいてきます。1970年代、深夜放送やフォークソングが流行っていて、生駒少年はそれに傾倒していきました。今思うと意味が分かりませんが、フォークをするには、髪を伸ばさなければいけない。髪を伸ばすには、普通科高校へ行かなければならない。当時、商業高校は、髪を伸ばすことが禁じられていました。(続く)
※サブタイトル「人生バラ色理論(TM)」については、次回以降のお楽しみに!












